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なんかちょくちょくNHKの事を書いてる気がする。なんか気になるNHK。
今日NHKのニュースを聞いていて、なんかすごい懐かしい気持ちになった。
なんでかな。って思ったら、それはたぶんアナウンサーの声と、言葉じゃないだろうか、という結論に達した。
なにやらそれはぼくが小学生の頃に聞いていたアナウンサーの声や言葉使いそのままのような気がした。
もちろん、アナウンサーは別人だろうし、言葉だって多少は現代的に変わっているに相違ない。
けれどもその言葉のテンポやら、声のトーンやらはたぶんきっと昔と変わらないんじゃなかろうか。
他の民放を聞いてもそんな感じはまったくしない。それはアナウンサーの個性を重んじているのかもしらんけど。
そういった意味で、NHKのマネジメントというか、教育というか、それはすごいな、と思った。
20年変わらないクオリティマネジメント。古くさいと思うひともいるかもしれないけれど、自然に変化するものを変化させないというのは、すごいことだと思う。
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なんかブログパーツとか、たまには置いてみる。
スクラッチで日替わりメットガールが見れる。よ。
YAMAHA様の提供です。
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米マイクロソフト・ビジネス部門担当プレジデントのStephen Elop(スティーブン エロップ)氏がWharton Business Technology Conference で紹介したプレゼンテーションビデオ。
なんか実現しそうで怖い。けど楽しみ。指先から情報を
ってやつですな。その時ぼくは何をしているのか、って思うけど。
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Ajaxって言葉が普及してきた頃、なんか会社でAjax(エイジャックス)のことをアジャックス、アジャックスっていってるひとがいて、会社ではアジャックスって発音が普及して、外でそんな発音して、恥かかないで欲しいなぁ、とか思ってた。
でもWebって文字文化だから、そんな発音の勘違いっていっぱいある。
リアルでコミュニケーションをとる場合、発音による誤解ってのは致命傷になるので、英語の言葉がでてきたら、なるべく一緒に発音も併記して欲しい。
Analyticsがでてきたころも、最初はアナライティクスって呼ばれてることが多かったけど、なんか書籍ではアナリッティクスって書いてあるので、最近じゃみんなアナリッティクスって発音してはるみたい。でも、それがネイティブの発音に近いとしても、アナリッティクスって言いにくくない? なんで個人的には頑固にアナライティクスて呼び続けてる。
普通に使うwidthとはheightとかも、ウィドュス・ウィドス・ワイズ、ヘイト・ハイト、とかいろんな言い方があって、実は結局未だにどれが正しい発音かわからないので、無難に幅と高さって呼ぶようにしてる。
そういえばSpry(スプライ)も最初発音不明で、Adobeのライブラリとか言って誤摩化してた。
ちなみにここのドメインのVosegusの発音はヴォセグス、ケルト神話の神で、フランスのゴール地方のボージュ森の神。だそうです。別に意味はなくて、文字の形が気に入ったので選んでみました。
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けっこう前からあるのですが、知ってるひとは知っている。知らない人は
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Blog Action Dayは、世界中のブロガーや、ポッドキャスター、ビデオブロガーが、年に一度、同じ日に同じ話題について取り上げるということに挑戦している非営利のイベントです。インターネット上で、グローバルなテーマについての興味が喚起され、議論のきっかけとなることを目指しています。
実施日:2008年10月15日
覚えてたら書きます。
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年末ということでブックマークの整理とかしてみたら、半分以上なくなった。
基本技術屋なんでそのへんのブックマークが多いから、時代遅れになたやつとかは全部削除。
でもプロパティとか関数のリファレンス系はきれい残っている。
じゃあ、ブックマークが不要になたということはつまりその情報の価値がなくなったのか、それとも情報が知識になることで、外部に情報として保持しておく必要がなくなったのか。もしもその情報に価値がなくなったとしたら、その情報はもう不要なものなのか。ただ、情報の要不要というのは必ずしも不要だからすべてなくなればいいといことでもなくて、いつかふとした瞬間に必要になるかもしれなかったりする。
そういえばムスリムが仏像を破壊したというニュースがあったけど、ムスリムにとって仏教の情報(仏像は実体ではあるけれども、実体も仏教という思想において概念化され、その結果として仏像という実体になっているとしたら、人間にとって実体も情報だといえるような気がする)というのは不要なんだろうか?
もしムスリムにとって仏教が不要な情報、あるいは有害な情報だとして、その有害な情報をとりのぞき、世界がすべてムスリムになったとき、はたしてムスリムの思想だけでメンタルの補完、補助というは可能なのか。
敵なき国家は滅びる、というはすべてにおいていえることで、敵、もしくは有害な存在というものを全て排除した場合、その組織集団の維持というものは不可能になる。元来国家というものは群をなすことで、生存の確率を上げるということが目的のはずだから、生存を脅かす存在がなくなれば、内部での権力闘争という無様なフェーズに移行し、群そのものの存在価値というものがなくなる。結果内乱によってあらたな国家が形成され、時代は繰り返される。
結局なにを考えていたのかすら忘れたけれど、不要なものだから排除し、存在そのものを消してしまうことで世界がきれいになるというのは、思想として稚拙な気がする。
でもブックマークは、整理したほうが気分はいいし、情報が適切に構造化されることによって得られる利益は、実際の数値には変換できなくても、たとえばひとの認知や記憶を容易にするなど、数字至高主義の近代国家の稚拙な思想では計れない利益を産む。なので、情報を捨てるというのは不要になるということではなく、情報が血肉になるということで、それはただの破棄とは違うのだと思う。
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NHKは国民の血税によってなりたっている放送局だから、その映像コンテンツはある意味では国民みんなの共有物でもあるんじゃないだろうか。
という視点にたった場合には、あるいはNHKの映像コンテンツは動画共有サイトに常時あるべきではないだろうか(NHKがサーバをたててもいいけれど)。
そうすれば好きな時に好きな番組が見れるのでお金を払ってもいかな、なんて人も増えると思う。そして視聴料金を払っている人にのみIDとパスワードを発行し、1月か半年に一度程度それらを変更する。つまりお金を払っていない人はネットでの映像は見れないということ。でももちろん公共放送なのでTVでは関係なく見れる。
結構いい提案ではないかと、どうでしょうか? NHK様。