日記の最近のブログ記事

理由は不明。

XHTML CSSガイドラインに残ってたのかとも思ったけど、そのサイトは普通にテーブルレイアウト。

っていうかそんな素人がわざわざ使う訳もない。

連絡してみたけど、返信なし。

しかたないんでデータをエクスポートしてアカウントを削除した。

Webって顔が見えないぶんリアルより敬意とかが必要なんだとおもう。しかもいちおうプロとして制作してるみたいな感じなので、余計に。

どうよ。Anayiticsになんか対処する機能ってつかないのかしら。

貧困

| | コメント(0) | トラックバック(0)

Blog Action Day 2008のテーマは貧困だったのですが、イマイチはなしがまとめられず、いつの間にか過ぎてしまってました。

ちょっと遅れましたが、貧困について少し考えてみました。

暇をつくれないやつに金はつくれない

これはアメリカで指折りの資産家の言葉だそうです。

たぶん、ここでいう暇とは、単純に時間だけをさすのではなく、資金や、時間、その資金を利用する計画も指していると思われます。

なにより、貧しいひとたちに欠落しているのは、以下の3つの概念のように思われます。

  • 投資
  • 計画
  • 将来

上記の3つは密に連携しています。

計画、投資は将来のために行うものであり、投資は計画的でなければ意味をもちません。

投資というのは単純に物を買うということに留まりません。組織でいえば、機械などを購入するのと同じくらい、あるいは目的によってはそれ以上に、人的資源に対する知的投資活動というものが重要になります。

計画というのは、その計画を実行する時間をどうやって確保するのか、また、実行にあたってどういった作業、物理的制約があるのか、計画を実行することによってどういった利益が生まれるのか、どの程度の利益を予定するのか、つまり、コスト、リターン、リスクまでを含めて、計画と呼びます。その場限りで盛り上がり、結果実行されないものは、計画ではなく、妄想、夢想と呼ばれるものです。

将来とはビジョンのことです。世界が今後どうなり、その中で組織、個人がどういったポジションを確保したいのか、また、世界をどう変えていきたいのか。それによって世界にたいし、どういった作用、利益を生み出したいのかを、ここでは将来と呼ぶことにします。

貧しいひとたちは、今日の食事もままならず、そのために働きます。また、生産効率の低い仕事を低賃金でやらされ、結果、投資を行う時間を喪失してしまいます。

また低賃金の仕事は単純なルーチンワークのため、仕事を行うということが投資に繋がるものでもありません(ゼロではないにせよ)。

貧しさは無限ループに入り込み、誰かがそこに手を差し伸べても、投資という概念を喪失、もしくは最初からもたないため、差し伸べられた手は今日の快楽のために消費され、そこからなにかを生み出すためには利用されません。

つまり、貧困を脱出するためには、将来をふまえた計画的な投資というものが必要になってきます。そしてそこには、必ず、指導者というものが必要です。わかりきったことですが、その指導者というのが、なかなかみつからない、というのが現実のようです。

ひとは皆、我が儘だ

尾崎豊の言葉です。

とか受けてみることになりました。

試験なんて自動車学校ぶりなので、受かるか心配です。

まあ基本3流なので、2級のお墨付きがもらえれば嬉しいです。

そんなわけで試験勉強に「Webデザイン コンセプトメイキングから運用まで」を読んで みました。

あんま目新しいことは書いてなかったけど、中には勘違いしてた言葉とかあって、やっぱ責任をもって体系的に書かれた書籍ってのはあれだね、とか思いました。

なんか会社に一冊置いといて、新人さんが入ってきたら、読んでもらうとよい本だなという感想です。

まあ、別に新人さんでなくても、現場の叩き上げ系の人間は、案外まぬけな勘違いをしてることは多々あるし、インタラクティブだのUXだの言ってても、結構あいまいに理解してるものって多い。

なんかやっぱそのへんツブしていかないと、プロっぽくないのかな、とか思う。

そろそろこの仕事を初めて丸3年経つ。

なんとなく昔書いたエントリーなんか読み返してみると、「あぁ馬鹿だなコイツ」みたいな見当はずれなことがいっぱい書いてあったり、でも中にはさすが! みたいな先見の明のあることもあるような事も書いてたりしなくもない。でも恥も消さずにちゃんと晒しときます。

経験を積んだ分無駄なリスクとかコストとかをはぶいて、ちゃっちゃと仕事をしたりもできるようになった感じもなくはないけど、それはそれで何も考えずに作ってたころの方が、無駄に時間をくわれても、おもしろいものができてたのかもしれない。

なんか始めたばっかの頃はFlashスゲーと思ってflaflaしてたのを思い出す。でも実際アクセス解析とかしたら、なんかイマイチだったので、やめた。でも、実はそれって別にFlashが悪いんじゃなくて、ただ単になんの科学的根拠もなく、だたかっこいいから、みたいな感じで、クソ重いもの作ってむやみに喜んでたからだけじゃん。ってふと思った。

なんか思うに、むかしはFlashでつくってたインターフェースが、いまじゃあそんなにコストもかけずにHTMLとJavaScriptでできたりもするし、じゃあFlashの意味ってなによ、ってな事も思う。まあ、レベルにもよるけど。だとしたら、わざわざン万円もだして、アプリ買うより、テキストエディタでやったほうがはやくね、安くね、っていう話で。もはやただフェードイン&アウトするだけのFlashとかむしろ恥ずかし、とかいう時代で。でもまあクライアントが喜ぶんなら無意味でも邪魔にならなきゃいいか、とか思いつつ。

あと、始めたばっかの頃はそこそこ珍しがられた(X)HTML CSSもデフォルトになって、まあそれは万々歳なんだけども。中には未だにfontタグなんてのもみかけることもたまにあるけど、意味不明というか後方互換考えたらむしろ危険。

ただ(X)HTMLは結局まだなんか見たら全部divみたいなサイトはたくさんあって、(X)HTMLの意味ないじゃんってのは見かける。なんかそもそもHTMLが何かってのがわかってないっぽい。alt改行しろっていう「えっ!?」みたな要求だしてくるWeb屋はけっこういるし。altタグって言うし。

しかし思ったより4年目にして何もできない感じはヒシヒシ感じる。結局ナニがデキルノ? って聞かれても、コレ! みたいなものがない。まあ総合的知識は必須で、コレができるということはアレもソレも理解しているということで。一つのものを追求するためには、いろんな事を理解してないと、結局、コレの強みもほぼゼロに等しいことになってしまう。

まあとりあえず、おいてかれない程度にやっていきたい。

小説家は出版される本の3倍以上の文字を書き、推敲を重ね、そぎ落とし、研ぎすまされた文章を作品として発表するらしい。最近の小説家はどうなのかは知らないけれど、ヘミングウェイとか明治、昭和の小説家とかは、なんかそんな風な書き方をしていたらしい。

ぼくは最近小説を読まなくなって、最後に読んだ小説は村上龍の「半島を出よ」で、3年くらい前になる。

基本的にだらだらした感じの文章が好きで、紙いっぱいに文字がならんでいて、いつまでもはなしが終わらない感じの文体が好きで、最近の作家だと、舞城王太郎とかが好き。最近の作品は読んでないけど。

具体的には明治とかの暗くてドロドロしたはなしが好きだけど、昼ドラはどうにも好きになれない。

Webの文章は散文的で、文章としての美しさはないような気がする。叙情的な文章はむしろオナニーを見せられているようで、気持ちが悪いことすらある。検索を前提としているのだから叙情詩なんて無意味だろうし、だとするとWebはそういった目的の媒体としては成熟できないのかもしれない。

ケータイ小説というのは味気なくて読む気がしないけれど、最近の若い世代というのはむしろ散文を好むらしくて、何かヒットして映画化したりする。はなしとしての灰汁がなくて、なんかキレイにまとまった文章で、ケータイだから横書きで、心情よりも視覚にうったえかける表現が多いようなイメージがある。

かといって最近の純文学が読みたいとも思わなくて、それはやっぱりなんかはなしが抽象的すぎて、好みに合わない。別にぼくは文学のことなんて全くわからないし、ただの好き嫌いだけど、なんかもっと具体的なはなしのほうが読む気になる。

去年、ばあちゃんが死んだ時に、部屋から遺品にと拝借した有吉佐和子の「恍惚の人」がおもしろくて読んでたけど、結局途中までで読み終わってない。

そう考えると別に小説の内容ではなくて、ただたんに小説を読むのがメンドウになっただけっぽい。

デジタル化された情報はやっぱり淡白な気がする。別にビットだからとかいうのではなくて、その目的が実用で、叙情の入り込む余地がないのだと思う。ムリから叙情をネジこむと、なんか変な感じになる。やっぱりひとは触感のあるものが好きで、紙に印字された文字には感情が入り込む余地があると思う。

合理的なアーキテクチャに基づいた情報は、実用的で、大きな利益を産むのだろうけど、情報と知識は違うくて、情報がWebにあるからひとの頭の中には知識はいらないというわけではなくて、知恵は知識から産まれるのだろうから、知らないことを識るということは、知性を磨いていくということだと思う。どんなにネットワークは張り巡らされたところで、人間そのものがネットワークにつながるわけではないし、つながるべきでもないだろうから。あくまで、ネットワークはただの倉庫なのだから、倉庫から必要なものをとりだして、それをどう使うのかという知恵は不可欠になってくる。電卓があるから計算ができなくていいというのは、人間が道具の奴隷になるというのと同じことで、あくまで道具は道具して使うもので使われるものではないという基本的なことがわかってないひとがたくさんいて、なんでもコピペですまそうとするきらいがある。

でもコピペでつくったものに価値なんてまるでない。たとえ不細工でも自分でつくったものには一定の価値が生まれるし、そこから次のステップをつくりだすための反省もできるし、なによりそういうのは合理化とは呼ばない。

楽をすることは素晴らしいことだけど、それは怠けるのとは違う。コンピューターは楽をするための道具で、怠けるための道具とは違うと思う。そもそも人間は識るということに快楽を感じる生き物なのに、識るということを放棄してしまったら、それは損をしているということになると思う。

六角レンチとドライバーを借りてなんとか解体してみたけれど、どうにもむかしから物理的な作業というやつは不器用で、ミニ四駆すらまともに組み立てられないぼくです。

案の定二度と再生不可能までにコジ開けられた愛しのMacちゃん。

肚の中はなんかターミネーターみたい。

なんとかハードディスクはとりだして中のデータはバックアップとったけど、その後はウンともスンともいいません。

ご臨終なので、叩き壊して、土に埋めようかと思います(燃えないゴミにちゃんとだします)。

eMacの写真

8月30日に Web Barbarians Conference 2008 Summer「夏祭り!アドビ特集」powered by CSS Nite があるそうです。

ぼくは他に用事があるのでいきませんけど、AdobeのRIA戦略とかは聞いてみたい気もする。

福岡でもこんなイベントがもっとあって、もっといろんな人があつまるようなセミナー(エンジニアだけじゃなくて)が増えればいいと思う。

Web Barbarians Conference 2008 Summer「夏祭り!アドビ特集」powered by CSS Nite

なんか盆で実家に帰ってて、久々起動させてみたら、モニタがつかない...。

もう4〜5年くらい使ってたし、扱いもあまりよくはなかったので、限界なのねMacちゃん。

ありがという。そしてさようなら。

そんなわけでソッコーでビックカメラにいってiMacを購入してきた。どうも新しいキーボードにはなれないけど、まあそのうち慣れる。

とりあえずハードディスクだけはとりだしたいけど、なんか固いのね。Winだと結構簡単に取り出せるけど、六角レンチとか買ってこにゃならんらしい。

あと環境構築がちとメンドい。まあPHP使えるようにして、あとアプリとフォントをインストールするだけなんですけど、なんかメンドいのよね。

まあ新しいだけあってモニタもデカいしきれいだし、速度もはやいんでいいけど、13万はキツイ。

あとiPodついてる! とか思ったらリモコンだった。このへんのインターフェースって徹底されてるのはさすがApple。しかし、リモコンて、なんか家電だね。

最近はマークアップエンジニアという呼称が定着しているようで。なんかWebデザイナーになったら最初はマークアップからみたいな感じで、それからデザインやったりScriptやったりとか、そんな感じでとらえられがちなマークアップエンジニアですが、じゃあまともにマークアップできてるのかったらそうでもなかったりするような気がする。

そもそもHTMLなんぞは3日もあったら覚えられるように設計された言語だし、CSSにかんしてもただレイアウトする程度であれば、1週間もあれば習得できるレベルの言語でしかない。

だとしても“できる”(表示がうまくいく)と“わかる”(意味を理解している)とは違う。

HTMLのマークアップは文書情報の構造化を目的としたもので、ごく限られたタグの中で、そのサイト全体で一貫性を保ち、ドキュメント毎に同じ意味レベルのものは同じ構造化モデルをつくりだす必要がある(視覚的には違った装飾がなされていたとしても)。

そうなった場合、当然マークアップ以前に設計プロセスは不可欠なもので、そのアーキテクチャを理解できる程度の知識は必須なものになってくる。

もちろんデザイナーにもそれはいえることで、例えば車のタイヤの溝は、ツルツルだとかっこわるい、とかいう理由のためについているわけではなくて、ちゃんと意味があったりする。本来同じ情報レベルの要素が違うフォントサイズだったりするのはなんかデザインとしての意味があるとしても、そのデザインのアーキテクチャはどこからくるのだろうか? ページやカテゴリ毎に多少装飾がちがうのはうなずけるとしても、同じ情報レベルだという判断がつかなくなるような装飾はいただけない。

ただ、今はまだひとつのドキュメントを複数アプリケーションのリソースとして扱う、といったことはよっぽどレベルの高い組織でないと行えないだろうし、そのビジネスモデルも一般化してないので、じゃあ別にいいんじゃねぇみたいなことも思う。なんかやってるうちに嫌になってくるようなことも当然あるだろうし、そもそも情報の構造化よりも視覚的デザインが優先されることが当たり前になっているけど、構造のない情報は伝わりずらい(かといってHTMLでの構造化は限界もあるだろうけど)。

ファッションデザイナーでも、一流と呼ばれる連中は意味のない装飾はしないらしい。装飾のための装飾は対象を安っぽくするだけだと。ただ、視覚的に密度を増し、その密度がひとに美しさを感じさせる、とかいうはもちろん立派な意味で、なんとなくここにこんな模様があったらかっこいいじゃんというのが装飾のための装飾という定義だけど。

はなしがそれたんでマークアップエンジニアリングのはなしに戻せば、マークアップ言語は情報を構造化するためのものである以上、そのエンジニアというのは、つまり情報構造のプロということになると思う。

じゃあインフォメーションアーキテクトとマークアップエンジニアの違いはというと、インフォメーションアーキテクトは情報を設計するひと、マークアップエンジニアは設計に基づき構造化するひと。建築家と大工みたいな感じだと。

建築家が図面をひく、大工がそれに基づき家を建てるというは、インフォメーションアーキテクトがスキーマをかいて、マークアップエンジニアはそれを理解してマークアップを行うというプロセスになると思う。

もうHTMLのはなしじゃねぇじゃん! って“マークアップ”エンジニアなんだからマークアップのプロという定義で書いてみてる。本気でマークアップやってるひとならHTML抜け出すのは当然の既決だろうし、XHTMLなんかはXMLなんだからそっから視野は自然と広がっていくし、AjaxのためのCSSをかくには時系列でのCSSの設計が要るようになるし。中規模以上のサイトでは相応のCSSの設計を行わなければ、cssの意味が失われてしまう。

基本的に誰も理解されない、ほめられもせず、けなされもせず、みたいな仕事で、たしかに自己満足になりがちな仕事だとおもけど、Validでないマークアップしたら大問題みたいな仕事も今後はでてくるだろうし、その日のためにもせいぜい自己満足に浸っておくのが良いかと。

まあいろいろできるにはこしたことないけど、全部表層をなめてるだけ、よりは、一個でもいいからなんかできるひとのほうが重宝するし、Webに限らず、ひとつの業種の全部をやるのはそうとうキツイと思う。

じゃあ実は一番危機感もたないといけないのは案外ディレクターなのかもしらん。動画やらなんやらもいろいろ入ってきて、覚えることが多すぎると思うし、クライアントは何も知らないか、なんかスゲー詳しいかで、結局は深いレベルでの理解がないとどっちともはなしがうやむやになるし。

まあなんにせよ、HTMLとCSSは基本言語なので、ある程度はちゃんと理解しておかないとマズいと思う。

マークアップエンジニア関連リンク

HTML & XHTMLHTML & XHTMLWebの基本言語であるHTMLのすべてをカバーする定番書籍の全面改訂版。HTMLの基礎項目、フォーム、テーブル、マルチメディア、スタイルシート、レイヤー、JavaScriptなどの機能およびそれぞれの使用方法をわかりやすく解説します。今回の改訂では、XML、XHTML、CSS2についての詳細な解説を追加しました。実例を使って、有用なWebページ作成のノウハウを段階を追って習得していくので、シンプルなページからダイナミックでインタラクティブなプロ仕様のページまで、あらゆるWebページ作成に必要となるHTML/XHTMLのテクニックをマスターできます。

まあ、そんなわけでXMLスキーマとか書いてみたりしてます。

とりあえずDTDから書いてみようかと思ったら、なんか検証するツールが必要なので、探してみました。

その名もValidator。まんまですね。はいそのままです。 Mac OS X 、Windows 、Linux and Similar Operating Systemsで、うごくそうです。

もちろん英語です。でもなんとなく理解できます。

あと、昨日扇風機を出しました。うちはエアコンがないので暑いです。毎年買おうかと思うのですが、あまりエアコンに頼りすぎると、汗腺がうまく機能しなくなるという噂を聞いているので、もう10年くらいがんばっています。

でも暑いです。さすがに今年こそ買おうかと思います。

でもきっと買いません。

耐えられなくなったら、他人の家に転がり込むか、どこかの店にでも行けばいいのです。

でも他人に迷惑をかけてばかりいられないので、夏はどっかの店でよくコーヒーを飲んでいます。

暑いからです。

でもスターバックスはたばこが吸えないので嫌いです。

そんなに暑いのなら、こんな世界は燃え尽きてしまえばいい。

暑いからです。

誰かぼくにエアコンを買ってください。

汗をかくのは嫌いです。早く秋になればいいのに!

暑いからです。

なんかSONYがネットワーク機能を今後全商品に搭載するとかしないとかいうニュースを聞いた。

「テレビに光を繋ごう」やら、ゲーム機でインターネットやら,iPhoneやら、ネットワークへのデバイスは今後益々多様化していくようなので、そろそろぼくらも"ホームページ屋さん"からの脱却を考えないと、明日にはオマンマ食い上げなんてこともリアリティがでてきたかな、とか思った。

いずれホームページなんていう概念は過去の遺物と化して、ネットワーク上の情報が手の届く距離にあるのが当たり前になったら、ページデザインができます、やらコーディングができます、やらいう技術は必要とされなくなるような気がする。

MicrosoftのSilverlight、AdobeのAIR、ブラウザの進化の方向も、PCからWebという導線からの脱却への布石で、そういう意味では真のマルチプラットフォームなスキルというのはけっこう不可欠になってくるんじゃないだろうか。

まあどちらにせよ、ビジュアルデザインは必要だし、XMLやその周辺の技術は"ホームページ"、"インターネット"に限らず汎用的データフォーマットだし。ヒューマンインターフェースは不可欠だし、その辺で飯の種を探すことはなんとかなるんじゃないかと。

とりあえず、今日の仕事にのまれていると、明日の仕事にありつけなくなりそうなので、明日の仕事のための今日の仕事を心がけたう。

なんかWebばっかやってると、Webの中だけで考えてしまいがちになる。

情報デザインに関しても、Webのもんだと思いがちだったけど、地図をつくったりだとか、建築とかプロダクトとか紙とか、いろんな分野で情報デザインってのはあるんだなぁ、とかふと気づかされた。

でも、いわゆる"情報"って、結局はコミュニケーションにおける概念のやりとりの中で発生するメタ概念的なものだとか思うので、じゃあ"情報"って人間の社会活動全部だから、それをデザインするってことは社会活動そのものをデザインするってことなる。

たとえばWebの中だけで"情報デザイン"っていったら、それはWeb屋には理解できても、社会的な意味で情報デザインっていっちゃうと、もはや概念という概念を超えて、その単語自体がコミュニケーションを阻害してしまうことになるかもしれない。

だから、情報+デザイン = ; という式を書くと、例え情報とデザインが定義されていても、かえってくる値はundefinedのような気がする。

なんか情報デザインってカテゴライズとかラベリングとかスキーマとかオントロジとかっていう考え方をしてたので、今回のはなしを聞いてよくわからなくなった。

いろんなひとのはなしは聞くもんだな、と思た。

ひどく悪趣味な服装も、それが段々流行するに従って次第に目が慣れてくるし、やがて別な流行が起こって、前の服装が消えると、それらへの不快感がまた戻ってくるものだ。それだけ趣味が移ろい易いのは、根拠となる確固たる原理に基づいていないからだ。

ウィリアム・ホガース美の解析」より引用

プロジェクトにおいて、ものごとを成し遂げるには、明確さが必要となります。つまり、チーム全体が常に、自らの作業内容、その作業を行う理由、その作業と他のメンバーの作業との関連をきっちり把握しておく必要があるわけです。

アート・オブ・プロジェクトマネジメントより。

去年の目標は英語を読めるようになるとか書いてました。

...まあ去年のことはさておき、今年はいっぱい目標をたてたいと思います。

1.PHPを覚える
とか、そろそろ覚えないとタイミングをうしないそうなので、簡単な処理くらいは書けるようになっとこうかちょ。
2.英語覚える。
言うのは無料なので、そういえばDSの英語づけ、があるけど、もう飽きたのでやりません。
3.XSLT覚える
これはまあ、簡単なテンプレートつくるくらいならできそうな感じ。ただ、もっと構造について理解しないと、いかんです。

あと、まあおいおいデザインも勉強していこうかと。記憶の促進とトリガーにはビジュアルが有効らしいので。

ちっちぇ。スゲェちっちぇんですけど!

なんか今までつかってたやつが最近イヤホン片方でしか聞かせてくれななったので、新しいのを買いました。まあどうせ買うならipodかな.とか思ったけど、どうせ音楽っていうかpodcastingくらいしか聞かないのでshuffleにしました。

でもこんなにちっちゃかったら、なくすのが怖いわ。