インターフェースの最近のブログ記事
山口情報芸術センターで開催されている、ミニマムインターフェース展というのに行ってきました。
ミニマムインターフェース展というのは、複数のデザイナーとアーティストが“インターフェース”という共通のテーマでつくった作品の展覧会です。
なんかアーティストの考えるインターフェースと、デザイナーの考えるインターフェースというのは概念が違うらしく、これのどこがインターフェースなんだろう? という作品もありました。
インターフェースのもともとの意味は界面や境界地点という意味らしいので、いわゆるヒューマンインターフェース、プログラムインターフェースといった、デザイナー寄りの考えは、実はその概念の一部でしかないのだと気づかされました。
Webのインターフェースをやっていると、コンピュータインタラクションデザインを起点に考え、マウス、キーボードといった限られた枠の中でのデザインが行われますが、あるプロダクトデザインチームの作品では、見事にそれを裏切られ、境界を作るためにデザインをするのではなく、境界をなくすためにデザインはするもんだな、とか思いました。
次のMacOSやWindows7ではタッチパネルインターフェースがOSのインターフェースとして組み込まれるということですが、今後はヴォイスインターフェース、視点移動・瞬きによるインターフェースなど、コンピュータを操作する手段は拡充されだろうから、コンピュータインタラクションデザインも、同時に進化、発展させる必要があります。
そういった意味でも、これはできないからこの考えはここで止めて、できる事の中で考える、といったデザインをやってるのは危険なような気がします。できるできないはさておき、この考え方を発展させていったらどうなるのか、というのを一応結論まで考え、じゃあこれに近い手段を今できる中で再現するにはどういった方法があるのか、という思考方法へシフトしなければ、いつのまにか過去の方法論にとらわれ、時代遅れのものをつくってるだけの人になってしまう恐れもあります。
とりあえず、近くの人は無料で見れるので、一回行ってみたほうがいろいろ考える事もあると思う。
ネタばれするとおもしろくなくなるだろうから、あえて感傷的な表現をすれば、“アトムとビットを光が繋ぐ” そんなインターフェースと出会えます。
技術的知識がなくてもサイトの更新が簡単にできる。というのがむかしむかしよく聞いた売り文句だったけれど、最近はWebサイトで提供される情報量の増加、情報構造の複雑化に伴い、むしろ、サイトの情報管理、といった本来の意味での利用がよくきかれるようになった感じがする。
インターフェースの一貫性や、意味的なHTMLといったことでも、CMSはやっぱり便利で、極端なはなし、人間がマークアップするよりも確実で、セマンティクスグラフィック(ボタンや見出しなど、意味レベルで視覚化された情報[勝手につくってみた])などのクオリティからいっても、重要度を増してきてると思う。
サイトのディレクトリ構造の視覚化や、各セマンティクスグラフィックのパーツを選択できる機能、ページレベルでの情報構造の最低限のレベルでの整合性の検証、アカウント別の権限設定など、なんか求められる機能が変わってるっぽい。
むしろCMSを実際に使ってる企業からもWebサイトのインターフェースデザインの重点どこに置くのかとかも分かってきて、デザインの重要性とか品質とかの見方が変わってくればいいな、とかも思う。
OSインターフェースはやっぱどのOSも洗練されてるんで、その辺気づきづらかったりするんで。妙チクリンなインタフェースがいっぱいでて「ウワッこれないわ!」って気づいていくプロセスも実は大事なのかも知れない。デザイナーって科学的知識とか哲学的知識とかスゲー必要な職業なのに、それに比べて一部超企業以外ではナイガシロにされてる感がなきにしもあらず。
まあ別にiPhoneが欲しいという気持ちは全く湧かんのじゃけんど、BlackBerryやらE30HTやらもでてくるし、もういいかげん見てるだけじゃのうて制作もしてみらんといかんのじゃなかろうかとおもっちゅうところですたい。
WiiやらはNTTさんが押しちゅうけんど、個人的はあんまりWiiからの接続はシェアが伸びんのじゃなかろうかと踏んじょる。
でも、WiiでんAppleTVでもよかけん、それば内蔵して、TVの起動=ゼロ時間のネットワークへの接続という仕組みが一般化したら(まあ今でネットワークには繋がるんじゃけど)、もはやパソコンやらをいちいち起動ばするまぬけはおらんくなるじゃなかろうか。
パソコンがデバイスとしてのシェアを失えば、当然わしらもそれらへの対応ばせまられるいうこっちゃし、その意味でスマートフォンへの早い段階での対応っちゅうんは生死が分けかねんのじゃなかろうか。
ケータイは実際情報量が少なかろうし、情報取得のインタフェースとしては使い勝手も良いとはいえんきに。
じゃっどん(だけど)、やっぱタッチパネルインターフェースがもっと洗練ばされて、パソコンと同じ情報に苦もなくアクセスできるようになってみんしゃい。したらば、もうパソコン(にのみ最適化された)向けのホームページなんぞ誰も欲しがらんぞな、もし。
じゃけん、わしゃE30HTば買おうかと思うちょるたい。いくら(価格)かわからんけんどのぅ。
なんとなく今回は九州弁と四国弁で書いてみたけど、なんかすごい読みづらいっぽい。
あとメディアクエリーの最終草案が公開されたそうです。まあ時代はマルチデバイスましぐらたい。
なんか誰かがいっていました。名前は忘れたけど。
Firefox4のはなしです。
なんかWebブラウザの概念を拡張するらしく、おもしろ機能がいっぱいあるそうです。
Google Readerでドラッグドロップインターフェースが使用可能になったらしです。
ないよりあったほうがスゲー便利だけど。リテラシーの高いユーザーは基本使わない機能(ショートカットを使うので(OSですけど))なのと、あのエイヤッって感じでつかわないといけないのがなんかイヤ。
でもWebの場合ショートカットの割当は他インターフェースとカブッたりしたら危険なので、やっぱマウスの方になるのかしらん。
でもWebサイトはともかく,Webアプリケーションなんかはやっぱショートカットあったほう便利よねん。
今後はやっぱりキーボードとタッチパネルの併存時代を経て、それから3Dへ移行していくとのがインターフェースの流れっぽいような気がするけれど、実際じゃあタッチパネルのインターフェースやら3Dインターフェースってどうなのよ、なんて疑問を常々感じつつ、なんとなくほったらかしていたけれど、やっぱスゴかったね、iPod touchは。
直感とは学習の産物で、学習コストをいかにして軽減しつつ、経験則に基づいたインターフェースを提供できるのかというがやっぱりインターフェースエンジニアの仕事の一番アタマを使うところなんだろうけど、そのためにはいかに多くの経験が一般的なものかを学習しなければならない。
専門家というのはその専門性の故に一般人のリテラシーというのを無視して、インターフェースを設計してしまい、それはどうにもアバンギャルド過ぎて多くのひとを迷わせる結果を導いてしまいがちだと思う。
思想は高度でなければならないけれど、成果物は単純明快、サルでもわかるようにしなければならない。それを忘れて訳の分からないものや、スタンダードを無視したものをコンシューマー向けに平然とつくって、自分は良い仕事をしたと思ってるやつらが多過ぎてなんかどうも。
ことインターフェースにおいては、普通が一番。そして普通のものをつくるのが一番難しい。そして普通を打ち破るのであれば、明確な設計思想というものが必要不可欠だ。もちろん実験的な意味で、使い勝手なんて無視した、たのしいものをつくるのはすごく大事なことだけれど。
そんな意味でもiPod touchはおもしろかった。普通な部分はスゲー普通で、かつタッチパネルの特性と、経験則に基づく概念モデルが作られていて、でも、なんかちょっと迷うところがあるのは、ぼくがタッチパネルのインターフェースを学習しきれてないのが問題なのか、それともiPod touchの方に改善点があるのか、まあデザインなんだからすべてはデザイナーに責任があるわけで、それなら後者だろうね、きっと。
とりあえず購入予定はないけれど、多くを学ばせて頂きました。
