見るものと見えるものと見えたものと

"予想外ものを見るためには、何も予想してはならない" 。

見ようと思っているものは、例えそこに無くても見えることがあり、見ようと思わないものは、確かにそこにあるのに見えないことがある。

穴の空いた器を眺め、なぜ器なのに穴が空いているのかと訝しむひとに、それは漏斗だと教えてあげると、あぁこれは容器ではないのだなと思った瞬間、もう二度とそれを器として見ることができなくなってしまう。

あるいは昨日まで意味不明だった数式が、僅かな言葉がきっかけで、なぜそれが理解できなかったのか理解に苦しむほど自明なものであると気づく瞬間がある。

見えるものと見ているものは違う。

理解するのは一瞬なのだけれど、そこに辿り着くのには長い年月がかかることも多い。

見ようとしないものは見えないが、何を見ていいのかすらわからないというのが常で、かといってそこで諦めてしまうとそれで止まってしまう。見るべきものをみつけた瞬間、何を見ていなかったのかは見失ってはしまうのだけれど、過去は過去として、もうそこには繋がっていないのだから仕方ない。

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