既成概念を捨てろ

的な事がよく言われる。

けれど、では一体、既成概念を捨てるいうのは具体的にはどういう事なのだろうか?

全く同じものでも違うコンセプト(概念)で捉えればそれは全く別のものになり、違うものでも同じコンセプトで捉えればそれは同じものになる。

例えば椅子を机だと捉えれば、それは椅子ではなく机として使える。

グラスは花瓶にもなるし、レシートを本の栞としても扱える。そうしてそれは逆もまた真となる。

けれどどうだろう? それではまだ"捨てた"とは言い難い。ただコンセプトを置き換えたに過ぎない。ある用途で利用されていたものを、別のよく似たものとして使ったに過ぎない。

つまり、昨日捨てた椅子に今日座ることはできないように、もうそれは無いものでければならない。

全く未知のものとして椅子と向き合うのなら、それを椅子と呼ぶこともできないはずだ。それは足のついた何かで、ひょっとすると生き物かもしれないと思うほど無知になれば、椅子(と過去に呼ばれていたそれ)は、恐怖の対象ですらあるはずだ。

四方八方から眺めてみる。噛みつかないのなら持ち上げて裏返しにしてみてもいいかもしれない。害がなければ舐めてみると何か分かるかもしれない。

もしもそれを行儀が悪い、躾がなっていない。そう思うのならそれはまだ既成概念に縛られ、保守的な価値観に埋もれているからで、一体全く未知のものが、食べられないなど、誰に分かるというのか。

何も分からないのなら、全てが発見になる。椅子が硬い(もしくは柔らかい)ことも、持ち上げられるほどに軽いことも、そして座ることができるという事実すら、驚きと感動になるかもしれない。一周回って座るものとして使ったとしても、誰かに教わってそれに座るのと、自分で発見して座るのでは、それはまた全く別のコンセプトではないか。

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