言葉が未だ新しいテクノロジーだった頃

言葉が未だ新しいテクノロジーだった頃、言葉は選ばれた特別なひとたちのものだった。

彼らは圧倒的な速度と正確さで情報を伝達し、言葉を持たない他の群れをいとも簡単に駆逐できた。

言葉が未だ新しいテクノロジーだった頃、言葉には力があった。名前は個体を一瞬で同定し、世界から解き放ち、同時に言葉に閉じ込めることができた。

言葉が未だ新しいテクノロジーだった頃、やがて新しい言葉が爆発的に産まれてきた。世界は言葉で埋め尽くされ、そうして言葉の中にひとは閉じ込められた。

言葉が未だ新しいテクノロジーだった頃、昨日と今日と明日ができた。昨日は過去形で語られ、今日は現在進行形で語られ、明日は未来形で語られるようになった。

言葉によってひとは時空を越えることができるようになり、過去も未来も同時に語ることができるようになり、目の前に無いもの、あるいはどこにもないものも語ることができるようになった。それは情報革命などではなく、情報という概念そのものが言葉によって創発したということだった。

言葉が未だ新しいテクノロジーだった頃、会話はそれ自体がエキサイティングな知的行為で、やがて表現でしか表象しないモノを抽象化し、そこに新しい名前を付け、言葉の地図を完成させるために当時最高の頭脳が生存活動の合間に費やされたに相違ない。

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