手のひらの画面と壁の中のスクリーン

大きなものと小さなものには、大きさ以上の大きな違いがある。

映画は大きなスクリーンでみるべきだと、映画人なら言うのだろうけれど、ぼくはむしろ私的な小さな物語なら、スマホで見た方が感情移入がしやすいのではないかと思う。

なぜならスマホは手の中で、常時肌に触れながらあるために、まるでそれが自己の一部であるかのように振る舞うひともいるくらいに、現代人にとってはゼロ距離の機械だからだ。

具体的に体験するためには、たんに自分の好きな動画をひとつ選び、なるべく大きな画面(大きなテレビなど)となるべく小さな画面(スマホなど)で見比べてみるといい。

上のやつなんかだと、大きな画面では SF 映画(他人事)っぽいし、小さな画面だとゲーム(自分の操作できる世界)っぽい。

つまり大きさは同時に距離でもあり、自分との関わり方の制限でもある。大きなものはコントロール不能で、小さなものならなんとかなるという錯覚を起こす。だからガバメントはいつの時代も無意味やたらと大きなものをつくりたがり、人びとに無力感を与えようと躍起になってきた。

けれどそれほど大きな差ではなくても、それこそデスクトップコンピュータとスマホほどのサイズの違いでも随分と距離感に変化があるのは体験すればすぐにわかる。

マルチスクリーンの時代に、スマホはボタンを大きめに、とか、1ページの情報量を少なめにとか、そんな些細なはなしは置いておいて、同じコンピュータの画面ではあるけれど、心理的にはもうまったく別物といっていいふたつの画面を同時にデザインするということは、時空の異なる複数の世界を平行に見て、世界間の作用とアーキテクチャについての深慮が求められる。そうしてよくできたそれはもうアートだな、なんて思う。

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