概念を破壊しないでください

既成概念を疑え! 概念を破壊しろ! なんてよく聞くフレーズですが。

ぼくの認識ではそもそも概念は破壊できないし、既成概念は疑うべくもなく信じるに値しないものです。

概念とはある対象をある視点から見たものなので、視点を破壊することはできないのです。

新しい概念とは対象を別の角度から眺めた結果、同じものが別のかたちに見えてくるか、あるいはそもそもそこにあることにすら気づいていなかったものを発見する。もしくは複数の概念を組み合わせた結果、思ってもみなかったかたちに変容したということじゃなかろうかと思うのです。

既成概念が信じるに値しないものというのも同じことです。円柱を横から眺めて四角いと言っているひとと、下から眺めて丸いと言っている別のひとがいて、お互いが自分こそが正しいと言い争っているのを見て、どちらかにジャッジを下したり、私はこちらを信じると言っても、それはそのひとの立ち位置の問題でしかないので意味はありません。

そもそも人間は対象それ自体を認識することはできないようです。

りんごを例にしてみます。

りんごは物理的に存在しているので、認識できると思いがちです。でも人間はりんごそれ自体には触れることすらできません。

手で掴んでも、触れているのはりんごの表面です。りんごを切っても、それは断面です。

りんごそのものというのは、そもそも存在するかどうかも疑わしいものです。

でもどうやらりんごらしいものは存在しているかのようにみえるので、人間はそれにりんごという記号をつけて、りんごという記号の性質をもった何かの集合をりんごという概念で認識します。

つまり、

もしも概念が破壊できるものだとしても、破壊されると困ります。

人間は陸地の無い無限の大海で概念という藁にしがみつきながら辛うじて理性を保っているか弱い知性のようなので、概念を破壊されると人間は世界を認識できなくなってしまいます。原始的な生物のように光に反応したり、化学物質の流れてくる方向に動くくらいしかできなくなるので、もしも概念が破壊できる人間がいても、どうか概念を破壊しないでやってください。

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