スマホはコンピュータじゃない

特別なものが特別でなくなればそれは日常に変わる。

それが繰り返された刺激の結果としての倦怠であれば、あるいは悲しいことなのかもしれないけれども、こと UI に関しては好ましい結果だと言っていい。

未知のインターフェースは恐怖と不信、あるいは好奇の対象なのだからそれは特別なものである。やがて時間と共に接触回数が増えれば既知のものとして認識されるようになり生活の一部となる。

「わたしパソコン使えないんですよ〜」というひとでもスマホを日常的に使用しているひとは多い。

パーソナルコンピュータという名前からしてそのコンセプトの具現としてスマホに勝るものは今のところなさそうなのだけれど、それでも、彼らの体験世界ではスマホはコンピュータとしては認識されない。

デジタルネイティブといわれる世代ですら、パソコンは難しいものという印象を持っているひとは多いようだし、またそういった世代に限らず、むしろスマホやタブレットなどで日常生活の中にコンピュータが入り込んでいけばいくほど、わざわざ電源を入れて机に座って使用する"コンピュータ"というのは面倒くさくて難しい特別なものになっていく。

それは好ましい変化であるとしても、デザイナがパラダイムシフトできないために、いつまでもデスクトップコンピュータの体験を元にデザインを続けることで、ユーザ、デザイナ双方にとって悲劇的な結果にもなっているのだろう。

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