例えば初歩的なセオリーから考えれば、同じものは同じ形をしているべきで、それは同じように振る舞い、常に同じ結果を出さなければならない。

けれど同じ意味のものが、ある文脈ではとても重要だったり、また別の文脈では、無視しても構わないほど些細なものになることだってある。

大切なのは望む結果を得られることだったり、必要な時にそれが探す迄もなく見つかったり、また不要な時は邪魔にならないようにそっとしておいてくれる方がいい。

ところで文脈といってもいくつかのパターンがある。直線的で同じ場所を行き来するだけの単純なものや、いくつもの分岐があり、入り口や出口によって意味の変容する複雑なもの。同じ場所にある同じ意味のものが、そこに辿り着くまでのプロセスによって少しずつその意味を変える場合もある。

あるいは直線的なものであっても、一度目と三度目では意味も多少変わるだろうし、百度目ならもう一度目の印象なんて覚えてすらいない。

それで結局何がいいたいのかというと、セオリーを知らないのは論外としても、セオリーに固執し過ぎると、本来の目的を見失うのではなかろうかと。