データは誰のもの

電気・水道の使用量の可視化や、自家発電した電力のビジュアライズなど、最近はたくさんの変化がデータとして蓄積されている。

データはひとつだけを見ていても有意義な情報は得られないから、文脈をよみ、蓄積した複数のデータと比較し、一ヶ月、一年を通じての変化を追っていくことで役に立ってくる。

そうやって蓄積されたデータはいろいろな発見をさせてくれるんだろうけれど、ところでそのデータは誰のものになるのだろう。

例えばもし、ぼくの部屋の電気の一年分の使用量の変化をデジタルデータで欲しいといえば、電力会社はそれに応じてくれるんだろうか。

あるいは電気とガスの使用量を比較したい場合、個人のデータを自由に比較することは可能なんだろうか。

もちろん、そういったデータは公共の利益のために利用されるべきだろうから、個人情報のような意味での権利の主張に意味はないにしても、せっかくデータがあるのなら個人にも利用可能になって欲しい。

他にも納税額や医療費、年金など、もっと Web をつかって状態にアクセスできるしくみがあれば意識に変化を起こせるものはたくさんある。

個人の情報を一元的に管理するためには共通番号の導入が不可欠なので 2015 年 1 月までは望めないのだろうけれど、その管理された情報はどこまでぼくらに開示されて、どのような形で利用できるのだろう。

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