Google+ がつくりだそうとしているのは、スケール感なのだと思う。 そんなわけで、前回から続いて、アプリケーションプラットフォームとしての Web について考えてみる。 Web アプリケーションは相互に対話することでその価値を高め、存在意義が産まれる。 Google には現在、様々なアプリケーションがある。どれも高品質で使い易く、何よりほとんどのサービスが、贅沢をいわなければ無料で利用できる。 けれど、これらのアプリケーションは、相互に連携が見られない。もしくは一部連携している部分はあるのかもしれないが、それらが明確になっていないように感じられてしまう。 くどいようだが、Web アプリケーションは相互に対話することでその価値を高める。 そして Google には高品質なアプリケーションが多数あるが、これらは相互に連携されるようにつくられていない。 つまり、相互に対話することで飛躍的に価値の高まる商品を持ちながら、それができてないジレンマを解消するのが Google+ プロジェクトということになる。

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当初ぼくは Google+ を Facebook もどきだと思っていた。だから AKB48 を広告に起用した時も Google+ 全体の中で AKB48 が呼び込む新規のユーザの数が微々たるものであったとしても、それはさておきコンセプトとして Google は特有の文化を育てる気がないのだろうと思った。 けれどそれは浅はかな考えでしかなかったようで Google 自身が明言しているように Google+ はサービスではなくプロジェクトだ。 Google+ は道になる。それは徒歩が都市のスケールを規定するのに似ている。歩いていける場所、距離、今居る場所から目的地までにかかる時間、物理的な連続性、景観としての同一性。 徒歩によるスケール感とは単にその物理的な距離によってのみ規定されるものではない。商業地域と住宅地域の境界は、徒歩であるなら視覚等で得られる情報の変化によって明確になるはずだ。 Google+ は Google の世界を徒歩の感覚で繋ぐためのハブになり、アプリケーション間の対話の仲介者になるのだろう。そうなることで初めて今までばらばらだった Google ワールドにスケール感が産まれる。 これで Google ワールドはさらに強固なものになる。だが当然、それだけでは不健全だ。 Google は自社のアプリケーション間で連携を行い、さらに強力なサービスを展開できる。Google 自身ももちろん他社のアプリケーションとの対話を推進しているが、小さなサービス、アプリケーションは Google に対抗するため、よりいっそう豊かな対話を行っていく必要がある。 他社のサービスで自己を拡張するためのアプリケーション間の対話。これが Web アプリケーションの醍醐味じゃないだろうか。 では、これまでとこれからの対話にはどのような形が考えられるのか