そんなわけで Facebook が実社会とシンクロした Web だとしたら、もうひとつの世界的 SNS である Twitter はどうだろうか。

Twitter と Facebook の大きな違いは、時間の流れだといえる。かたや Twitter は刹那的な気分をのせる。こなた Facebook は体験の断片であることが多い。

例えば最近 Facebook にもタイムラインという概念ができたようだけれど、これはどうやらそのひとの人生の軌跡であるようで、同じ呼称ではあるけれど Twitter のそれとは随分と違うらしい。同じ名前のものが違う概念をもつということは、その文化やアーキテクチャを理解する助けになる。

Twitter のタイムラインは流れていくもので、刹那的に消費される情報のように思う。一方 Facebook は、生活の断片が蓄積されたものをタイムラインと呼ぶようだ。

簡潔に表現すれば Twitter は瞬間を Web を通じて表象する。

今までは知り得なかった他人の「今」や、過去の自分の「今」を追体験する。

「今」は必ずしも現在である必要はない。「過去」が Twitter のタイムライン上では「今」になる。それは Twitter 特有の感覚のようで、数分前に起こった「過去」の出来事をツイートすることは「過去」に起こった「今」をつぶやいているということになる。

リアルの瞬間とシンクロしたバーチャル

また、 Twitter は匿名が可能という意味でバーチャルな SNS でもある。

けれど Twitter のタイムラインにのるのは「リアル」な「今」でもある。

おもしろいのはこの部分で、前回 "もし匿名を許容すれば、実社会とのシンクロは偶然でしかなくなる" といったけれど、「今」をつぶやいているという前提条件が満たされれば、それによってリアルとシンクロすることは必然になる。

これは新しいアーキテクチャによって物理法則が覆されたようで、すごく面白いと思う。

個人的に Facebook はなにか歴史の延長線上にあるように思っていて、それに比べると Twitter は歴史の中に存在しなかった全く新しい別の空間のような気がする。時間とか空間と文脈とか言葉とか、そういうものに新しい感覚が産まれているような気がするので、やっていて楽しいし、正直よくわからない。

次は、アプリケーションプラットフォーム化する Web というのについて考えてみる。