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  3. 日本のプラットフォーム戦略

  • Author :
  • 2011-10-05

そんなこんなで Kindle Fire の出現は日本企業のプラットフォーム戦略の根本的な問題を露にしたという。

独自のコンテンツを持たず、ただ皮だけ借り物でもってきたとしても、強固なビジネスモデルを形成した Apple の足元にも及ばず、撤退せざるを得ないという。

けれどどうだろう。日本には車も家電もゲームもアニメもある。世界屈指のコンテンツが、ざっと数えるだけでも四つもあるのだから、コンテンツがないなんてことはない。

けれど車も家電もプロダクトだから、それはコンテンツではないのではないかと思うかもしれない。

それは大きな間違いで、車にせよ家電にせよ、ユーザーエクスペリエンス視点からすれば、別にコンテンツと呼んでも何の問題もない。車は安心・安全で爽快な走りの体験を与えてくる。日本の家電は生活にかかる基本コストを下げるという段階はとうの昔に終え、今では正に UX そのものをデザインしている。

でもその走りとか便利を超えた家電体験を一体どうやってプラットフォームにするのか。

勿論、個々のプロダクトや企業でそれを行ったところでたかが知れている。渋滞情報が瞬時に取得できたり、自動で氷ができたりするくらいで、便利だけどプラットフォームと呼ぶには何かが足りない。

プラットフォームとは土壌だから、そこからそれ自体が何かを産むほどのパワーが要る。ユーザーの生活を豊かにするだけでなく、ユーザー自身がそこからエンパワーメントされ、何かを産み出し、変えることができる土壌であるべきだ。

じゃあ個々のプロダクト、企業では弱いのなら、日本中の企業のプロダクト(コンテンツ)が相互に通信し、相互補完するエコシステムをつくればいい。

つまり日本の製品を買うと、その他のメイドインジャパンの製品と苦もなく繋がることができ、プロダクトのコアにはアクセスできなくても、それを拡張可能になるインターフェースがあるという形にする(車等は激しく制限されるかもしれないけど、何もエンジンにアクセスさせろというのではなくて)。

でも勿論、一つのプラットフォームになるからといって日本中がひとつのアーキテクチャで染まるのはリスクが高すぎる。なので、アーキテクチャは個々のものであったとしても、必ず実装しなければならないプロトコルの標準化、データフォーマットをセマンティック技術によって解決するなどの取り決めをつくって、メイドインジャパンを買うとジャパンプラットフォームで今までにないエクスペリエンスが。的な売り方をしていけばいいのに。

二匹目のどじょうは Amazon にくれてやろう。日本には日本のやりかたがある。

的な漠然としたことを、ふと思った。

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