本能寺の場合

というわけで、概念地図をつくるためのユーザーシナリオをつくってみる。

彼女の名前は本能寺之変子。

24歳、女性、職業は大学生。彼女は息子の織田信長に気に入られようと毎日奮闘している。

信長は毎日のように家にやってくる之変子のつくる料理には不満があるが、之変子自身は嫌いではない。ただ、彼女のつくる料理は独創的で、お世辞にもうまいとはいえないものなのだ。

之変子が悩んでいるのをみていた信長の父親の織田佑司は、之変子にアドバイスを与える。信長の好きな料理はオムライス、きっとオムライスをつくれば、信長は嬉々として食べてくれるだろうと。

オムライスの事を聞いた之変子は戸惑う。之変子はそれまでオムライスというものを食べた事がなかった。オムライスという名の料理は、本能寺家の食卓にはその系譜の始まりから現在に至るまで、一度足りともだされたことがなかったからだ。

しかし之変子は同時に合点がいった。そう、信長はまだ子供なのだ。つい先日もわざわざ漁場にまでいって捌いてきたアンコウの胆を、信長は苦い顔をして食べていた。こんなに旨いものをなぜ信長はあんなに厭そうな顔をして食べているのか、之変子には見当もつかなかった。

彼女がこの家にきてもう3ヶ月が経とうとしていた。彼女は大学で児童心理学を専攻している。今まで保育園や小学校に行って子供たちの様子を観察し、詳細なレポートにまとめあげていた。教授からの評価は悪いものではなかったが、彼女はそれに満足していなかった。

というのも、彼女自身がそうであったように、保育園や学校での子供と、家での子供とはまた別の顔なのだ。集団生活の中で見せる顔と、家での顔はまったく逆のことだってある。

之変子は大学から来たお姉さんではなく、一人の人間として、一人の子供と向き合う機会を切望していた。

そしてようやく得たチャンスが、姉の婚約者の兄弟の従兄弟である織田のベビーシッターだった。

信長との関係は悪くはない。なにせ今まで児童心理学をやってきたのだし、彼女は2人の妹と1人の弟がいる。子供の扱いにはなれていた。それなのに信長ときたら、之変子のつくる料理にはあからさまに厭な顔をする。之変子はひどく傷ついていた。

名誉挽回のチャンスは手に入れた。うまい料理をつくって食べさせれば、子供との距離はグっと近くなるはず。そのためにはまずオムライスが何であるのかを知らないといけない。

さて、之変子はまず仮説をたててみることにした。ライスとついているからには米を使う料理であるはずだ。ではオムとはなんだろうか。フランス語で HOMME は男性の事を指すが、まさか男性米では余計に意味不明だ。いや、ひょっとすると民俗学の領域なのかもしれないが...

次に之変子は大学の友人に「オムライスって知ってる?」と尋ねてみた。友人たちの反応は膠も無いものだった。一体この女は何の冗談を言っているのかという顔をして、「新しい心理テスト?」とふざけてみせて、答えを教えてくれようとはしない。

困った之変子の頭の上に電球が光った。そうだ。インターネットで調べよう。何故こんな簡単な事を思いつかなかったのだろう。

之変子は早速大学のコンピュータで Google を使い"おむらいす"と検索してみた。

結果は約 7,910,000 件あり、その一番上に"オムライス レシピ"とあった。

"レシピ"は英語で調理法を意味する。之変子はほくそ笑む。これで信長の心は手に入れたも同然だ。

...どうやらオムライスとはケチャップと鶏肉を混ぜた米に溶いた卵を焼いたものを乗せ、その上からケチャップをかける料理の事らしい。どうしてケチャップを混ぜた米の上にまたケチャップをかけるのか之変子には分からなかったが、そんなことは追々調べればいいことだ。今夜早速信長のためにこのケチャップオンザケチャップをつくってやろう。奴め、喜ぶに相違ない。

之変子はオムライスのレシピの URL をスマートフォンに転送し、材料を買いそろえるためにスーパーマーケットへ向かった。

スーパーマーケットに着いた之変子はスマートフォンを取り出し、早速材料を買いそろえる。鶏肉、卵、牛乳とケチャップはたしか冷蔵庫にあったはずだから...

食材を買い終え、之変子は信長を保育園に迎えにいってから、織田のマンションで料理を始めた。

信長は空想の車と空想の飛行機を空想の世界で走らせたり飛ばしたりしている。「シュバッ、シュバッ」と機械音を無視した効果音を叫びながら、信長はご満悦だ。だが時々、こちらを伺う気配もしている。一体今日はどんな料理をつくるつもりなのか、恐怖にも似た感情を抱きながら。それでも彼は刹那に生きている。今夜の夕食のことなど、目の前の唾まみれの車に比べれば、些細なことなのだ。

材料は揃った。では実際これはどういう手順でつくれば良いのだろう。之変子は再びスマートフォンを取り出す。

ページには写真入りで丁寧な説明が書いてある。これでまともな料理がつくれないのなら生きている資格はない。之変子は早速調理を始める。おっと米を炊き忘れるところだった。

見た目はどうやらオムライスになった。だが之変子はそれが本来どんな味なのかは知らない。しかし正解のないものに仮説を立て、実験を行い、結果を検証するのは彼女の日常だった。オムライスごときに恐れをなす之変子ではない。

之変子は、恐る恐る信長の前にオムライスを差し出した...

というわけで、シナリオは出来あがった。次はシナリオを基にした概念地図の作成をしてみたい。

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