例えば、仕事として Web サイトをつくっているひとたちですら、自らがつくっているのがページで構成された雑誌のようなものだという認識のひとたちが多い。
もちろん、実際のサイトを構成するのはユーザーにとってはページという単位の集合の場合が多く、ページを移動するということは、ページをめくるというメタファで理解するのが容易いのだろうけど。
まあ、今更雑誌と Web サイトがどう違うのかをつらつらと語ったところで無意味なので、なぜ Web サイトが空間として認識されるべきなのか、それによってどんなメリットがあるのかを考えてみたい。
さて、では例によって、空間とはそもそも何なのだろう。
- 空間
- 物体が存在しないで空いている所。また、あらゆる方向への広がり。「―を利用する」「宇宙―」「生活―」
Yahoo!辞書では上記のようになっている。
注目したいのは、"あらゆる方向への広がり"という部分になる。もしも Web をただのページの集合とした場合には、この"広がり"という捉え方ができなくなってしまう。
実際に Web を使えば、その目的をただの 1 ページで完了することは稀だろうし、ハイパーリンクを辿ることで、様々なページを縦横無尽に遷移していく。
つまり、その使われ方からして、既にページという平面の移動ではないということになる。
でも最小単位はページなのだから、空間なんていう大袈裟な言い方をしなくたっていいんじゃないか。
と思うひともいるかもしれない。けれどどうだろう。最小単位は、ほんとうにページなのだろうか。
Web サイトがページという単位で構成されていたのは実は随分と昔のはなしで、もちろんそのようにして設計されたサイトでは、今でもページ毎に構成されているのだけれど、億単位でトラフィックを集めるメインストリームでは、疾うの昔にページなんて概念はなくなっている。
例えば Twitter をページの集合だと思っているひとは少ないだろう。参加せずに端から見ているだけではページの集合にように見えるかもしれないけれど、一度参加することで、自分を中心にしたつぶやきの空間が広がっていく。
もしこれがページを最小単位としていたら、目新しいチャットのようなもので終わっていたかもしれない。
Facebook も同じように、ページという概念からつくられたものではないように思う。
こちらは正直あまり使った事がないのでなんともいえない部分もあるけれど Facebook は断片的で、その断片を繋ぎ合わせることで、パーソナルな空間が形成されていくおもしろさがあるのではないかと思う。
もちろん、実際にブラウザに表示されているのは平面の文字と絵になっているから、ただ捉え方の問題だともいえる。けれど、同じものでもどう捉えるかによって、出来上がるものは違ってくる。ページという捉え方でつくられたものは、ページよりも細かくなることはない。それよりもページは情報の断片によって構成されていて、それはいつでもどこでも、自由に改変が可能なのだという考え方に基づけば、より精緻な表現が可能になるんじゃあないだろうか。
そうすることで、ただの平面表現でさえ、上下奥行きをもった空間へと変わるように思う。
でも実際に Web 空間をデザインするとはどういうことだろう。