初めてこの言葉を聞いたのは、18の頃。
当時はデザイン学校の学生で、課題を作成するにあたり、「コンセプトを決めなさい」と唐突に言われた。
さて、コンセプトってなんじゃろう?
初めて聞く言葉、しかも英語で、なんのことやらさっぱり分からん。講師からはなんの説明もない。他の生徒からも質問はなく、みんな知ってるのにぼくだけ知らないなんて恥ずかしい。と思って聞けなかった。
家に帰ってカタカナ辞典をひいてみる(当時はネット環境がなかった)。
辞典にはコンセプトとは概念のことだと書いてあった。
さて、概念ってなんじゃろう?
概念という言葉も知らなかった当時のぼくは、今度は国語辞典で概念をひいてみた。
辞典には概念とは共通認識。例えば椅子という言葉を聞いて連想する、四本足のついた腰掛けるものというイメージ。みたいなことが書いてあった。
実体のあるものを指す言葉を説明するのは、その実体を見せればいいので、容易い。けれど抽象的なものや、概念としてしか存在しないものを説明するのは非常に難い。
インフォメーションアーキテクチャ、ユーザーエクスペリエンス。まったくもってなんのこっちゃ。と、思わないほうがおかしい。それがいかに大切だと説いたところで、具体的なメリットが見えなければ、坊主の念仏と同じで「きっと偉いひとが言っているのだからありがたいのだろう」というレベルで終わってしまう(坊主がなぜ偉いといわれるのかをぼくはしらないが)。
資本主義化してからは、物質にしか価値をおいてこなかったこの国で、概念としてしかないものや、技術や知識にいかに価値があるのかを説明するのは難しい(あるいは理解していても、それの価値を金銭的に認めることは、コストを増大させるという近視眼的な判断しかできない)。
きっとあと何十年か経って、技術、知識の流出による著しい国力の低下が起こってから、「うわっヤバイはこれ」って、政治も資本もなるんに相違ないが、そっからまた盛り返すには、運が良くても50年は軽くかかる。
まあそれはさておき、本題に戻る。
概念というのは、コンセプトという言葉の和訳ではあるけれど、デザインという文脈における和訳にはなっていない。
デザインにおいてコンセプトというのは、そのデザインそのものの存在理由、というのが正しいんじゃなかろうか。
もちろん、デザインとは形や装飾のことではなく、ある製品の立案、設計、実際の製品まで含む、ひとつのプロジェクトの全ての過程と結果をいう。
簡単に言うと、なぜその製品がこの世界にあるべきのか、ということになる。
そして、なぜそのプロセスをふまなければならないのか、という根拠になるものでなければいけない。
プロジェクトの内外の共通認識となるもので、それは簡単な言葉で、ひとことにしてしまわないといけない。なにせみんな忙しいのだから。
まとめると、コンセプトは道標であり、根拠であり存在理由であり、カードである。これを決めておけば、お嬢様のわがまま以外で、製品づくりがブレる恐れが格段に低くなる。