カタカナ表記とひらがな表記

Web でよくみかけるのが「詳細はコチラ」というラベル。

この曖昧なラベリングについての無思考さは本題ではないので端折るけど、「コチラ」というのがなぜ「こちら」ではないのか、というのをちょっと考えてみた。

カタカナは元来文字を簡略化されるためにつくられたものらしく、ひらがなも同様で、こちらは女性が使うためのものだったらしい。

女性は昔は社会的地位の低かったため、ひらがなは公文書には使われなかったようで、明治や昭和の憲法などはカタカナで書かれている。

別に「コチラ」という表記にも、そういった差別思想があるわけではないのだろうけども、あえてカタカナを使うということにはなにか意味があるに相違ない。

では、逆ににひらがな表記をあえて使う場合はどうなのだろう?

たとえば「人」を「ひと」、あるいは「僕」を「ぼく」。

ひらがなの場合は、2種類考えられる。1つは文字の印象をやわらげる。もうひとつは、漢字は象形文字であるため、概念が固定されがちであるものを、あえてひらがなを使用することで、単に漢字の象形する以上の概念を暗に内包しているということを示唆する。ということじゃなかろうか。

ということは、カタカナ表記も後者の意図があるのだろうか?

もうひとつ、カタカナの場合は現在では外来語を表記する場合に使用される。すると、そういった外来語チックな効果を狙っているというも考えられる。

Webはアメリカで生まれた。そして、「コチラ」というのは実在の場所ではなくサイバースペースにおける概念レベルのロケーションだ。

すると、結論はこうなる。

「コチラ」とは場所を指すのではなく、サイバースペースにおける仮想の場所を指すため、通常の「此処」という概念にはあてはまらない。故に「コチラ」、もしくは「こちら」で概念の拡張をうながす必要がある。そして、Webは外来の技術であり、サイバースペースにおける方向を抽象的に表現するにあたっては、外来語を表記する「カタカナ」を使用する必要があった。

に相違ない。。

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