デザインのはなし。
テレビがなくても生きていけるし、ラジオがなくても生きていける。車がなくても、電気がなくても、ガスがなくても生きていける。もちろんWebがなくても生きていける。
とりあえずぼくは、何かのひょうしに現代文明が滅びたら死のうかと思ってるけど、普通には生きていける。
洗濯機は洗濯が自動でできて、それまで洗濯にかかっていたコストを激減させた。ガスも、炊飯器も、冷凍食品も、生活にかかるコストを劇的に下げ、一人暮らしを可能にして、家族制度を崩壊させた。
まあ別にいいんだけど、それはまた別のはなしで。
コストが下がると、それまで当たり前だったものの価値が上がり、以前の当たり前が高級になる。けど、当たり前が当たり前な時代には、コストを下げるもののほうが高級品として扱われる。
それは単純にコスト下げるコストが "当たり前" にかかるコストを上回るからでしかないけれど、この価値の逆転というのは何かすごく馬鹿馬鹿しさを醸し出していて、おもしろい。
「洗濯機って何だろう?」っていうことは普通の人は考えない。けれど、洗濯機つくりに関わる開発者とかは考える。
洗濯機をつくるひとたちがそんなふうに考えてくれるので、ぼくらは何も考えずにただボタンを押して。洗濯が終わるのを待つことができる。
なんか、デザインってそういうもののような気がする。