視覚デザインにおいて、よくこういった感じのことを聞く。
でも、例えば俳句などはどれも5,7,5の音の組合わせで成り立っているけど、その単純な音の構造をもった詩は、創造的で美しい。
逆にもし、俳句にこの音の構造がなければ、美しさは損なわれることになっていたに相違ない。
音楽にしてもロック、演歌、などジャンルによって音の使い方というのが決まっている。詳しくはよく知らんけども、ロックのコードはこれとこれとこれ。演歌ではこの音は決して使わない、など、決まりごとがあって、その決まり事が音をそのジャンルの音楽として感じられるようにしているらしい。
人間はあまり賢い生き物ではないので、制約を作ることで創造力を増すことができるんだ
みたいなことをあるひとが言っていた。
構造は制約であると同時に意味でもある。それがそれであるために構造というのはあって、また構造があるから理解や計算というのが成り立つ。
なにも一貫性を持った構造にするから、全部2カラムの縦 100px にしろということではなくて、一見構造的でないかのように見えて、その実構造が明確にあるという視覚効果も作れる。
それで構造が失われたように見えても、アーキテクチャの明確なものであれば、無意識にスキーマというのはつくられていき、そのアーキテクチャに沿っている限り、どんなふうに見えようともパターンによる理解というのは損なわれない。
一貫性を無視して思いつきでつくれば、パーツは美しくても、全体としては醜くなる。
かといってただひたすら一貫性を保ってもつまらない。
なので一貫性をもったアーキテクチャで、まるで一貫性がないかのように見えるのに、ひどく美しい一貫性をもった設計というが、実はある分野のデザインスキルを決めるのかもしれない。
