ケイタイはパソコンより純粋な情報端末なんじゃないか
たしかに最近Flashとかでビジュアライズされたりだとか、ゲームができたりとかしてはいるけど、それはまた別の可能性というか、情報を取得する。という意味とは異なる使い方としてみれば、やっぱ携帯の方が情報のツールとしての認識が強いような気がする。
パソコンのWebサイトを作ると、そうしても絵のほうに目がいきがちで、コンテンツのクオリティよりもビジュアルのクオリティにばかりに右往左往するような気がする。
ここの色がどうだとか、ここに模様を入れろとか。でもそんなことはデザインのスキームのはなしなので、へたに素人が口をだすと設計が崩れてしまいかねない。むしろ文体が統一されているかとか、この概念に対する単語、送り仮名はこれに統一するとか、ここの表現はこの言い回しで正しく伝わるのかとか、ナビゲーションを形容詞で統一するとか、そういったことのほうが大切だったりする。
そういった意味では、パソコンからケイタイへのシェアの移行も案外悪いことじゃないのかもしれない。
ただどうにもケイタイはXMLがよめなかったりだとか、通常のHTMLが使えないとかあるので、その辺の問題さえクリアしてくれれば(スペック的にはもう問題ないような気がしなくもない)、ぼくももっと携帯コンテンツの制作のスキルを磨いていきたいとか思う。
別にActionScriptのバージョンだとかJavaScriptへの対応とかは後回しでもいいので、構造化データに対する対応に注力して欲しい。そっちの方がユーザーの求める情報により的確にナビゲートすることが可能になるだろうし、そうすれば携帯端末としての意味もより鮮明になってくるだろうし。ほいで、それを利用したサービスを提供すれば、シェアだってのびるだろうし。
けっこう便利だけど、検索とかで欲しい情報にたどり着きづらいケイタイ。なんか今までの検索とは別の、ひたすら実用性のみ追い求めるとか、そんな検索サービスがでれば、もっと使うのラクなのに。とか思う。漠然と。
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