スペシャリズムの証明
多くの仕事は既に概念化されていて、自らの仕事の必要性の証明を求められずに仕事は進められて行く。営業やマーケッターも、その商品がどういったかたちで企業や消費者のベネフィトにつながるのかを証明する必要はあるが、自らが行っている仕事そのものについての証明は求められない。
ただ、自分の仕事の必要性を求められる職業が、思いつく限りではふたつある。それがクリエーターとスペシャリストだ。クリエイティブは無から有をつくりだす(神の仕事を行う)のではく、無形のものにかたちを与えるのが仕事だとぼくは考えていて、多くのひとはその価値を理解できない。ひとは利益にならないことのために行動を起こさないし。企業であればなおさらそうだ。
なぜこのクリエイティブが必要(どういった利益を産むのか)なのか、それを経営者に理解させることができない限り、自らが行いたいクリエイティブを行うことは出来ないし、ただひたするら他人の概念の中でのクリエイティブ(?)をやらされているだけになってしまう。
既に概念化されたスペシャリズムであればそれを証明する必要はないと思うかもしれないが、実はスペシャリズムというのは同じスペシャリズムでも時代によって変化していくので、何故この変化が必要なのかを常に証明できなければ、スペシャリストはスペシャリストではなくなり、ただの丁稚に成り下がる。
そこで証明のために必要なものが専門分野以外の知識になってくる。あるいは自分のスペシャリズムやクリエイティブのよき理解者だと思う。しかしよき理解者であっても時代の変化による変質まで理解してくれるとは限らないので、やはり自分自身でそれは証明していかなければならない。
自分の好きなことを続けていくためには、自分のしたい仕事をするためには,専門分野以外の専門知識も求められて、それはあらゆる職業にいえる。
すごく面倒臭いけれど、そんな者に、わたしはなりたい。
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